[物語]
小さい村。人がまだ自然に仕えていた頃。農夫の妻は、夫に命令されて人殺しと噂される男の水車小屋へ粉を挽きに行く。男は彼女にペンを握らせ、見てきたものを書いてみろと迫る。自らの名前をはじめて書いたその日から、世界は変わっていく―。
ひとりの女が言葉を発見していく過程を、情熱的かつ知的に描き、言葉の始まりと在りかを問いかける。 |
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[公演記録]
『雌鶏の中のナイフ』
演出= 三浦 基
作= デイヴィッド・ハロワー
翻訳= 谷岡健彦
2005年1月1日(土・祝)-23日(日)
アトリエ春風舎
出演
安部聡子 大庭裕介 小林洋平
スタッフ
美術= 杉山至×突貫屋
照明= 吉本有輝子
照明オペレーター= 松本明奈
音響= 田中拓人
衣装= すぎうらますみ
演出助手= 井上こころ 木崎友紀子
舞台監督= 桜井秀峰
宣伝美術= 京
宣伝写真= ピエール・カルニオ
制作= 田嶋結菜
総合プロデューサー= 平田オリザ
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[劇評]
三浦はまだ若い世代の演出家だが、フランスで修行した成果がよく現れていると感じずにはいられなかった。照明、音響、美術、そして俳優の演技が一つのコンセプトに従って組織され、舞台全体でテキスト(戯曲)との対話=格闘を展開してゆく。そうだ、これこそが芝居の醍醐味ではないか。ところが日本の芝居からこうした醍醐味が失われて久しいということは、この連載でも常々強調してきた通りである。なにより、観客がそのような芝居を望んでいない。こうした現状で三浦がその才能を開花させたのは、やはりフランスの舞台芸術家たちに学んだところが大きかったからではないかと想像する。
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だが、三浦の演出は決して西洋一辺倒というわけでもない。俳優の演技スタイルから類推する限り、鈴木忠志から平田オリザに至る、アングラ以来の日本現代演劇の系譜を彼なりに踏まえていることは明らかだ。独特の朗誦術も、写実的・再現的でないムーブメントも、観客に対するミザンセーヌも、またそれらを方法化し様式化する志向も、この国の現代演劇史に即する限り、本来は鈴木忠志が最も意識的に創出した方法であろう。三浦はこれを自分なりに咀嚼している。(中略)西洋現代演劇に学んだ技法と、日本現代演劇に学んだ蓄積をクロスオーバーさせたところに、三浦演出の独自性が存するということになる。
大岡淳 演劇人19号「ポスト・アングラの潮流を追って」(2005年4月) |